谷崎潤一郎『陰翳礼賛』

2014年1月、サッカーの本田圭佑選手がイタリア名門チームへの移籍を発表した。会見のなかでイタリアの記者が投げかけた質問に、私は思わず見入ってしまった。
「サムライの魂を海外でどう生かすのか?」国際試合ではよく聞かれる質問なのか、「侍に会ったことはないが……」と上手に本田選手は回答を続けた。

会見が終わり、私は改めて、侍の魂って何だろう? と思った。現代の私達の中に残っている侍魂。それは、日本人の美意識につながるものなのだろう。直感的にいくつか挙げることはできる。けれど、その成り立ちを踏まえて説明しようとすると、頭を抱えてしまう。

1933年(昭和8年)に発表された谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼賛』には、それを知るためのエッセンスが詰まっている。この中で谷崎は、日本人の美意識について、家屋、食器、料理、女性など多くの例を挙げ、西洋と比較しながら詳しく持論を語る。「暗い部屋に住むことを餘儀なくされた、われわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った」のだと。同じ事態に遭遇しても対処の仕方が国によって違ってくるのは、先祖から脈々と受け継がれてきた何かが私達の中に刻み込まれているからだ。その何かを、その国の人間は知っておくべきなのだ。

随筆の最後に谷崎は「私は、われわれが既に失いつゝある陰翳の世界を、せめて文学の領域へでも呼び返してみたい」と締めくくっている。2020年には五輪が東京で開催される。私は世界の人々に自分の国のことを、きちんと伝えたい。最良の教科書は、文学作品なのだと思う。

書誌情報

陰翳礼讃 谷崎潤一郎
初出「経済往来」昭和8年12月号、昭和9年1月号
所収『谷崎潤一郎全集』第二十巻(昭和57年、中央公論社)
『陰翳礼讃』(昭和50年、中公文庫)

(M1 N・U)

2014/07/20