研究対象との共鳴

――文学作品なんかを研究することに意味があるのですか?

こんなことを日文科の学生なら一度は言われたことがあるのではないでしょうか。確かに文学を研究するということは社会の役に立たず、意味がない感じがします。ですが、私は、文学を学ぶ道を選んで良かったと思っています。

私は修士論文において、『源氏物語』の浮舟を研究対象として選びました。彼女は〈書く〉という行為に執着している女君で、彼女がなぜ〈書く〉ということにそんなに執着しているのかが気になったので、そのことを考えてみたいと思ったのです。ですが、修士論文を書き終えたいま、浮舟を研究対象として選んだ理由をよくよく考えてみると、彼女の姿に共鳴するものがあったから、私は彼女のことを考えずにはいられなかったのだと気づきました。浮舟と同じく、私自身〈書く〉ということがとても好きなのです。だから、浮舟が自身の思いを書かずにはいられなかった理由を考えることで、自分自身の内面をも知ることができた気がします。

皆様にも、好きな作品がありますよね?

その作品に惹かれずにはいられないのは、その作品と、あなた自身がどこかで共鳴しているからなのだと思います。だから、その作品を研究対象として選べば、作品世界を深く知ることが出来ると同時にあなた自身を深く知ることにも繋がっていくはずです。

自分自身を深く理解している人間は強いと思います。社会的にも大いに活躍していけるでしょう。そう思うので、私は、自分自身のことを深く知ることができる文学研究の道を選んでよかった、と強く強く思わずにはいられないのです。

(M・K)

2014/07/20